1975年生まれ 大阪府出身。フロリダアトランティック大学留学を経て関西外語大学英米語学科卒業。大学卒業後の1998年、省庁が運営する特殊法人環境事業団に入社。役員秘書と国際協力関連業務を兼務する。2000年、ニフティ株式会社入社。マーケティング・渉外・IRなどを担当。2005年、長女出産。2007年ベンチャーインキュベーション会社、ngi group株式会社に入社。広報・IR室長を務める。2009年3月退社。同年11月に子育て支援・親支援コミュニティ、株式会社AsMamaを創設し、代表取締役CEOに就任。テレビ出演や新聞・雑誌などメディアでの掲載多数。著書に『ワンコインの子育てシェアが社会を変える!! 』(合同フォレスト刊)がある。

知り合い同士で助け合うワンコイン子育てシェアで注目を集めている、AsMama(アズママ)。キャリアウーマンから一転、このサービスを立ち上げた甲田恵子さんは、サトコこと、理事・吉田が、いつも元気とパワーをいただいているお一人。毎月各地で開催されているAsMamaの親子イベントで、バースデープランナーがワークショップをするなど、コラボレーションしています。
そんなご縁もあって、新企画『Satokoが行く!あの人と60分』第1回目のゲストは、AsMamaの甲田さんをお迎えしました。地域や子どもたち、そして、何よりママたちへの愛情をたっぷり感じた60分。元気をいただくお話をおうかがいできました。

AsMamaとは
AsMamaの子育てシェアは、顔見知り同士で子どもの送迎や託児を頼り合うネットの仕組み。支援の謝礼は1時間500円〜700円で、登録料・手数料は一切かからない。万一の事故のときは、賠償責任保険が適用される(日本初)。周りに頼れる友だちや支援者がいない場合は、託児研修・訓練を受けたAsMama認定の世話役人“ママサポーター”に頼むことができる。AsMamaは、この子育てシェア運営のほか、地域の親子が出会い・つながるための“親子交流イベント”を各地で実施するなど、「誰もが育児も仕事もやりたいことも、思い通りに実現できる社会の仕組みや取り組みを創る」ための活動を日々行っている。

  • 吉田: 私、AsMamaさんの子育てシェアというサービス、息子が保育園のときにあったらどんなによかったかって思うんです。当時、私は会社員。いつも閉園間近に駆け込む姿を見かねたママが何人かいて、その人たちが交代で息子を育ててくれたと言ってもいいくらい。

    甲田さん(以下敬称略):閉園間近に駆け込むサトコさんの姿、目に浮かぶ!(笑) 

    私もつい最近、娘から鍵を忘れたと連絡が入ったんです。その日は夜の会食までスケジュールがいっぱい。ちょっと抜けて鍵を渡せる距離でもなかったし、バレエの発表会前でリハーサルに行かなくちゃいけないのにレオタードもない。ママが迎えに来てくれなかったらリハも行かない!と大騒ぎ。

    そこで、「娘が鍵を忘れたました。誰かお迎えに行ってくれますか?」とAsMamaの子育てシェアに書いて発信したら、友だちのお母さんから「私が今から迎えに行けます。うちの子のレオタード着せてリハーサルに連れていくから!」と返事が返ってきました。

    吉田:よかったあ。AsMamaすごい!

    甲田:娘は友だちのカナちゃんが迎えに来ることを知ると、のんびりした声で「わかったー」(笑)。こんなとき、ベビーシッターだったら「知らない人が迎えに来るのはイヤ!ママが来て!」となったかもしれません。

    吉田:知っている人だと子どもも安心ですね。預け合いって他にもよさがありますよね。

    息子は保育園当時、一人っ子だったんですが、よく5人兄弟の家に6人目として預かってもらっていたんですね。ジャンケンして残ったイチゴを獲得するとか、分け合って食べるといった協調性など、大勢の兄弟の中で育つ感覚を経験できて良かったと思っています。

    甲田:うちも一人っ子なので、よくわかります。「家族3人分だよ」と言っても、好きなものだと1人で全部食べちゃうんです。何人いるか考えながら食べなさいと、何度言っても家ではできません。

    だから、いつもお世話になっているところに、料理を大皿で出すと全部食べちゃうから娘の分だけ分けてほしいとお願いしたんです。

    そうしたら、「いつも他の子の分を、分けてくれるのよ」って言われて。家ではできなくてもよそのお家ではできる。預けることがなかったら、自分の子はそういうことができないと思い込んでいたと思います。

    吉田:友だちの家という安心感の中で、楽しみながら分け合ったり譲り合ったりを学ぶことができるんですね。

  • 吉田:甲田さんがAsMamaを立ち上げたきっかけを教えてください。

    甲田:最後に勤めていた会社が、ある日突然9割の人員解雇を発表したんです。あまりにも突然のことで、まさに青天の霹靂でした。そこで、とりあえず、3か月休息することにしたんです。

    吉田:甲田さんは、広報とIRの統括部長を務められ、バリバリのキャリアウーマンだったんですよね。

    甲田:失業保険を受けている間、web制作の職業訓練校に通うことにしました。

    そこで、2人目が生まれたことを理由に辞めることを促された人や、急に就業時間の時間が変わり、保育園のお迎えが間に合わなくなった人、子どもの病気で有休を全部使い果たしてしまった人、そういった子育てと仕事が両立ができなくて会社を辞めざるを得なくなった人にたくさん出会ったんです。

    吉田:働きたいのに子育てを理由に辞めなくてはならない。現実としてありますよね。

    甲田:一方で専業主婦の方は、離乳食を手間ひまかけて作ったり、あらゆる情報を調べて子どもの年齢に合った体験イベントに参加させたり。

    私からするとその子育てにかける無限の時間は未知の世界で、真似できないことばかりでした。

    だから思い切って、うちの子も一緒に連れて行ってもらえたら嬉しいと言ってみたら、喜んで引き受けてくれたんです。

    助けてもらいたい人と、助けたい人が、お互い頼り合えたら子育て環境は必ず良くなると確信しました。働きに出たい人は行けるし、子育てにこだわりたい人は他の子どもも一緒に見てあげることで、自分の子どもに社会性を学ぶ機会を与えられる。

    そして、少ないながらも収入を得ることができる。

    支援する側は現役のお母さんに限らずシニアの方や学生でも構わない。だから、第二雇用や地域コミュニティーの活性化といった、いろいろな社会問題の解決にも繋がると思いました。

    吉田:収入を得ることで自立でき、自分に自信が持てるようになりますね。

    甲田:そのことをブログに書いたら、3か月で800くらいのコメントが付いたんです。

    コメントを読むと、多くのお母さんやお父さんが育児と自分の気持ちとの間で綱渡りをしている状態でした。

    それで、支援したい人と、支援してほしい人が出会えて、気兼ねなく頼り合える環境と仕組みは既にないものかとあれこれ既存サービスを探したり、行政やいくつかの企業に話を持ち掛けたりもしました。

    でも、全くそこに本気で何とかしようという「ジブンゴト感」を感じませんでした。だからもうこれは、自分がやるしかない、と思ったんです。

吉田:AsMamaさんのイベントにバースデープランナーがお邪魔してワークの機会をいただいていますが、「お子さんをママサポーターに預けてワークをしましょう」と誘っても、最初は不安なのか、みなさん預けようとしません。

それでも恐る恐る子どもを預けてワークをし始める。すると、とても集中していいお顔になって、楽しそう。

甲田さん:私もそうなのですが、母親って、自分の子どもが怪我をすることよりも、誰かを叩いたりしないか、物を壊さないか、そういうことを気にするように思います。

でもね、そうやって周りに迷惑をかけまいと、親自身が孤軍奮闘している姿を子どもはよく見ています。

OECD(経済協力開発機構)の調査報告によると15歳になると3人に1人が、自分は孤独だと思うようになると出ていますし、最近の新聞では就職活動中の大学生の10人に1人が死にたいと思っているとの掲載がありました。

私たち親が、身をもって人は周りを頼りながら自分のやりたいことをかなえていいんだ、という姿勢を見せることも一つの親の役目なのではないかと思うのです。

吉田:哀しいですね……。

甲田:幼少のころから親以外の誰かから叱られたり、君は君のままでいいと認められる経験は自尊心を育てるのに絶対に必要です。

就活して不採用を経験して、自分は世の中で不必要な人間だと思ってしまったり、自殺や引きこもり、働き始めても3年以内で退職してしまう人が増えてる背景には、そういう自尊心が育つ環境にない子どもが増えている表れでもあります。

 だから思うんです。大人は子どもに、何かあったときには周りを頼って、地域の中で自分の居場所をつくり、活躍する姿を見せたほうがいいって。社会に役立って稼ぐことで家族が豊かになったり、得意なことを活かして、周囲の人からありがとうと言われているお父さん、お母さんの姿を見せる。

そういうことが大事だと思った瞬間、頼り頼られる社会を絶対につくってやろうと決意しました。

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